hankouki diary

社会の出来事,その他諸々に思ったこと,考えたことを気ままに綴ります

表現できること

こんばんは!
 
久しぶりの更新です.
あ,今度コレについて書こう!と思いついて,タラタラとまとまりのない散文を書き散らすことは出来ても,
きちんとまとまって,読んで内容理解できるなってレベルに持っていくのに労力がかかるんですよね...
 
毎回そこでブログ更新を断念してしまう.
 
と,そんな自分の状況と絡めつつ,今回のテーマは「表現できること」です.
 
今自分が持ってる複雑な感情とか,思いとかを全て言葉で表現するのって難しいですよね.
持ってる語彙力が足りないからなのか,論理的にどう言葉を紡げばいいかもわからない.
そもそもこの感情を表現できるだけの言葉自体存在しないのかもしれない.
 
「伝える技術」って本があるように人に何かを伝えるって難しいし,
言葉って万能のようで,全ての情報を伝えきるためのツールとしては不完全でもある.
 
人間は社会的な生き物だから,他の動物たちよりも高度なコミュニケーションを言葉ってツールを使って日々しているわけですが,言葉をうまく使えない,表現が出来ないことによる悩みっていうのが付きまといますよね.
 
鬱になってしまう人とか,塞ぎ込んでしまう人っていうのは,自分の「表現」がうまく出来ていないからだろうなと.
そう思うと,表現の幅って持っておいた方がよい.
 
それは,歌でも,踊りでも,叫びでも,絵でも,料理でも,写真でも,手紙でも,メールでも,なんでもいいから.
 
よく本は読んでおいたほうがいい,とかって真意がよくわからずに言葉だけ一人歩きしているけれど,
今の中高生に言いたいのは,やっぱり本は読んだほうがいいし,国語はちゃんとやっといた方がよいよと思う.
それは文章を読んで意味を理解できる力と,文章・言葉を紡いで人に伝える力で救われることがあるから.
 
悩みがあっても,人に相談したくても,今の現状をうまく言葉にできなくて,それによって相手も状況を理解できないし,
アドバイスなんかもできなくて,ってことがあるから.
それで誰にもわかってもらえなくて自分一人で抱え込んで,辛くなって,ってことがあると思う.
語彙力,表現力があれば,解決の糸口を他人からもらえる事もある.
表現できるってだけで,理解者が見つかるかもしれないし,色々考えなくて済むことってあるから.
 
あなたを救うためにも、国語はちゃんとやっておいた方がよい.
 
と,いう結論になりました.笑
 
最近のInstagramとかは言葉でなく写真でコミュニケーションできるツールだから,言葉がなくても人とのやりとりができるけれど,
やっぱり人は言葉でのコミュニケーションが大部分を占めるから,国語力って絶対大事だなと.
 
それではまた!